昼蛙トランスレーション

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"JAZZ ON THE EDGE"(イスラエル) 開催前新聞記事【英日翻訳】

2022年末、イスラエルネゲヴ砂漠に位置するミツペ・ラモンで行われたジャズフェスティバル「JAZZ ON THE EDGE」。

7回目の開催となった今回は、現地で音楽学校を運営するイスラエル人ベーシストのエフード・エトゥン(Ehud Ettun)氏主導で行われ、5人の日本人ジャズミュージシャンを招きました。

この記事では、エフード氏と長年のデュオを組む日本人、藪野遥佳さんのインタビューを中心としたエルサレム・ポスト紙の特集記事の翻訳を行っています。

 

元記事はこちら。

www.jpost.com

ミツペ・ラモン開催の音楽祭 国内・日本のトップミュージシャンが集結

12月28日から31日にかけて、音楽の祭典「ジャズ・オン・ジ・エッジ」7度目の開催。指揮を執るのは、世界的有名ベーシストのエフード・エトゥン。


ミツペ・ラモンは、少なくとも地理的には、イスラエルの中心地の喧騒から離れた心地よい場所だ。幽寂としたラモン・クレーターの端に位置するこの町では、あらゆる技芸の向上を志す人々が味わえる、独特の空気が流れている。また、「ジャズ・オン・ジ・エッジ」という音楽フェスが行われる最高にクールな場所でもある。今年で7回目を迎える同フェスは、12月28日から31日にかけて開催され、世界に名声を博するベーシストのエフード・エトゥンがアーティストとしての指揮を執る。エトゥンはミツペ・ラモンで、「インターナル・コンパス(内なる羅針盤)」という名のジャズスクールも運営している。数多の熟練ミュージシャンたちとともに、これまで数年にわたり、音楽創造の精神面、力学面において、生徒たちへの指導を行ってきた。


イベント名についた「the edge(端)」の名は、その地形にふさわしいものだ。ただここには、「the edge(緊張感)」というクリエイティブな意図も込められている。何しろ4日間に渡って、エトゥンら国内ミュージシャンと日本からやって来たライバルたちの奏でる音が、時にぴたりと調和し、時に火花を散らすのだ。この極東からの代表団には、ピアニストのダニエル・シュヴァルツヴァルトとの共演も予定されているギタリストの山口廣和や、The Sourceのステージで出演が予定されているベーシストの細谷紀彰がいる。このステージでは山口、シュヴァルツヴァルトの2人も登場し、サックスのダヴィード・アルファンダリーとドラマーのアミール・バー・アキーヴァも加わって演奏する。


もちろん、イスラエル・日本の共同フェスの幕開けを飾るのは、エトゥンのベースだ。ここからジャズのビートを絶やさぬよう、日本人ピアニスト、藪野遥佳とのデュオで最高の演奏をしていく。この2人は長年、お互いが活動の拠点をアメリカに移した時から切磋琢磨し合ってきた。「私たちは2010年、(バークリー音楽院通学のために)ボストンに引っ越したときに出会いました」と藪野は話す。創造の化学反応は、出会った時から起きていた。「初めてのジャムセッションの後、すぐにWater Escというバンドを結成しました。他のメンバーもイスラエル人で、サックス奏者のタル・グールと、ドラマーのネイサン・ブランケットです。」


ボストンやニューヨークをはじめ、アメリカ各地で演奏を行うことで、このカルテッドも人気を博したが、やがてグールとブランケットがミュージシャンとして別の道を進むべく、脱退することとなった。


そうして、現在に至る「The Yabuno Ettun Project」が誕生した。


藪野は、このデュオのアレンジは柔軟で、これまでに数々の大きな成果を挙げてきたと言う。「デュオの形式をとってはいますが、いつでも他のミュージシャンと合わせられる自由があって、ジャンルのない音楽ともいえます。エフードと私は多くの場所を回りました。カナダ、東ヨーロッパ、韓国、そしてもちろん2人の母国であるイスラエルに日本と、私たちの音楽は、本当に多くの国々に連れていってくれました。」


そして、今度の舞台はミツペ・ラモン。「一緒に演奏し始めた時から、エフードは『ネゲヴ砂漠で音楽イベントを行う』というビジョンをもっていました。本当にやってしまうなんて今でも信じられませんが、彼のそういうところを、私は何より尊敬しています。」藪野はそう話した。


コンビの結成は双方にとって実りあるもので、藪野はエトゥンに備わるイスラエル人ならではの進取の気鋭から、多くを学んだと言う。「エフードはとても自発的で、常に何でも見事にやってみせるんです。彼は新しいアイデアをひらめいた次の瞬間には、ためらわず実行に移しています。私はその逆で、常に最悪の『もしも』という事態を考えて、とにかく慎重になってしまいます。私は何年も彼と一緒に過ごして、『挑戦しないことが最大の過ち』だとわかりました。今でも慎重で心配性なのは変わりませんが、少なくとも挑戦はするようになりました」


一聴して、双方にプラスな関係とはこういうものかと感じられる。2014年にデビューアルバム『バイポーラー』を世に出した2人の待望の新作が、近日中にリリースされる。藪野によると、このセカンドアルバムは全面的に2人が共同で制作したものだという。「2人一緒に曲作りをしたのは、今回が初めてのことでした。これまでもお互いの音楽性を刺激しあってきた私たちですから、こうして1つの曲を2人で作ったことは、私の音楽人生で最も面白い経験になりました。エフードがクールなオスティナートをベースで生み出してから、私がその上にメロディを載せて、部分ごとに和声をつけました。それから2人で次の部分にどう展開するかを話し合ったのです」


もちろん、前作からの8年間で、2人はプレイヤーとしてもコンビとしても成長を遂げている。「私たちが(今回)作った曲は、1stアルバムのころに作ったものとはずいぶん違って聴こえますが、それでもやはり私たちの曲だと感じられるものです」そう述べつつ、藪野は「ナイツ・オブ・サイレンス(寡黙なる戦士団)」という不思議と興味をそそる名の、新譜のタイトル曲にも触れた。


「『バイポーラー』のサウンドには、瑞々しさがあります。『ナイツ・オブ・サイレンス』には、より奥深く、洗練されたサウンドが込められています。デュオを組んだ当初から私たちがとにかく重視しているのは、強弱、特にピアニッシモです。大きな音で演奏するのは容易いことですが、非常に静かに、それでいて音が響くようにするというのは、アンサンブルで最も難しいことの1つです。」


実際、藪野には演奏者としての引き出しが豊富にある。最初はクラシックの世界にいた彼女は、東京西部に位置する立川市国立音楽大学に在学中、ジャズへ転向した。そういった背景が何かと役立ち、創作の幅を広げる一助となったという。「クラシックを学んでいたことで、即興演奏にかなりの柔軟性ができました。必要な技術がなければ、演奏は行き詰まるばかりです。運指も、強弱も、調音も、思い通りにコントロールできないのですから。もうひとつ、クラシックを学んだからこそ、ジャズを演奏するときにも、コード進行や1小節ごとの演奏だけに気を取られず、ポリフォニックな音をはっきりさせることができるようになっています。」


ジャズへの転向に際し、はじめの苦労はほとんどなかったという。「ジャズを始めることは、私にとってはごく自然なことでした。即興演奏こそ、私の『ピアノを始めたきっかけ』そのものでしたから。初めて聴いたジャズは高校生の時、ジョン・コルトレーンモダンジャズの象徴的サックス奏者)の『マイ・フェイバリット・シングス』でした。物珍しさなど感じることもなく、『これこそずっと探していたものだ』と思いましたね」


ミュージシャンとしての形成期の多くをアメリカで過ごした藪野だが、日本人としての文化的遺伝子は彼女に忠実だった。「バークリーでポートフォリオ・リサイタルのための作曲をしているとき、担当の先生に言われたんです。『変だな、君はアメリカで何年も過ごしてきたのに、君の音楽は全然アメリカっぽくない』って」


彼女はバークリーに留学するにあたり、ある「型」を備えてボストンにやってきた。「日本には『起承転結』という言葉があります。日本語の文章を構成する『導入、展開、転換、結末』の四部を表します。いつもこの概念に従うことで、曲をどう始めるか、どう展開するか、どう変わっていくか、そしてどう締めくくるか、ひとつひとつアイデアを出せるんです。私が曲を始めから終わりまで通して作るスタイルで作る時には、この概念がいつもあるような気がしています」


かつて、この地で演奏したこともある藪野。イスラエルは自分の長所を引き出してくれる国だと言う。「私の国とは文化が正反対なのですが、イスラエルにいるときには本当に良い気分になれます。なんだか本来の自分になれているようで。それはきっと、イスラエルの人々がとにかく正直で気取らない性格だからとか、たとえ大きく対立することになっても話し合いを大事にしているからだと思います。イスラエルで過ごしてから、私も正直であること、議論することを恐れないこと、思ったことは隠したり遠回しにしないことがクールだと思うようになりました。」
正直さと即興性はどんな分野でも芸術的創造の核となるものだが、それらはThe Yabuno Ettun Projectのライブではっきりと現れるだろう。もちろん29日に行われる、藪野のピアノに細谷と中山健太郎(ドラム)が加わるトリオ、Nishkafのライブでも同様だ。Nishkafのライブが行われる時には、エトゥンの「インターナル・コンパス」門弟たちにも練習の成果になる技術を披露する場が設けられている。


リリースを目前に控える藪野とエトゥンの新作も、その一端に触れることができるだろう。同アルバムのタイトルは、このフェスの舞台にぴったりではないだろうか。タイトルに込めた意図について明言を避けていた藪野は、記者に尋ねられると「数多くの特別な意味がありますが、本当の『寡黙なる戦士』のみぞ知るものです」とだけ答えるのだった。乞うご期待。


チケットの購入と詳細は、 https://www.internalcompassmusic.com/jazzontheedge

 

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その後のレポート記事などは上がっていなかったものの、現地の様子は大盛況だったようで、きっとイスラエルの熱きジャズの土壌に極東のジャズミュージシャンたちの姿が焼き付いた事でしょう。

 

では。